捕手の眼

捕手は常に頭を使って考えている。いや、そうでなければ務まらないポジションである。次はストレートを要求していいのかどうか、投手が投げる前に捕手だけが考えている。結果、投手が四球を出して、無条件でワンベースを与えることになった場合でも、捕手はじっと座ってめまぐるしく頭の中を動かしている。

次の打者へのピッチングの組み立てはもとより、相手打者のしぐさを観察し、その日の審判の判定傾向をうかがい、と短時間のうちに全神経と全感覚を駆使して考える。それがピンチの場面なら考えるべき要素は倍加する。そして、さらに複雑な分析が繰り返される。言わば、捕手とは『考える人』である。

かの有名なロダンの彫刻さながら、しゃがみ込み、沈思黙考するプレーヤーである。体を動かす範囲は決して大きくはないが、脳の可動範囲は無限大と言ってもいい。それほどめまぐるしく頭を使っている。いや、使わざるを得ない。

SPACER
他の野手が何も考えていないというのではない。すぐれた野手ならば、打者に応じたポジショニングやこれから起きる状況に応じたプレーのシュミレーションなどを常に考えている。

ただ、捕手との違いは、野手の場合は、考える範囲が自らのプレーに、しかも、その場その場の目先のプレーに限定されている場合が多いということである。

それに対し捕手のプレーは、味方投手の力をいかに引き出すか、相手打者の力をいかに殺すか、相手ベンチの狙いはなにか、など他人のことを考えていることが多い。さらに言えば、捕手は目先のことだけではなく、その試合全体、あるいは次の試合、場合によっては一年全体を見渡し、考える必要がある。それによって、いまここで何をしておくべきか、と目先のプレーを選択していくのである。

森祇晶著『捕手的人間の時代』 より

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