山車と御輿が競演
天下祭の名称は、数ある江戸の祭りの中で、幕府によって行列が江戸城に入ることが許されたものだけに冠されました。長年にわたってそのお墨付きをもらったのは、徳川将軍の産土神だった日枝神社(千代田区永田町)の山王祭と、江戸の地主神だった神田明神(同区外神田)の神田祭のみ。それぞれ2年おきの本祭が交互にあったので、毎年どちらかの行列が将軍の上覧を受けました。根津神社(文京区根津)の祭礼も1714年に一度だけ、天下祭に加えられました。
各町ごとに装飾の豪華さを競い合った山車が数十台、連なって練り歩くさまは壮麗なものでした。今でこそ、祭りというと豪快な御輿がメーンになっていますが、天下祭では山車が祭礼の「主役」だったわけです。江戸時代の描かれた錦絵からも、当時の様子をうかがい知ることができます。
しかし、明治以降の近代化の浪とともに、山車は東京の祭りから姿を消していきました。都電の開通などで電線が街中を走るようになり、高さ5メートルを超える山車を引くのは難しくなったのです。出番を失った山車は、地方に流出したものもあれば、関東大震災や戦争で焼失したものもありました。毎年5月に行われる神田祭でも、神田明神に宮入りする山車は、今や「羽衣山車」だけとなっています。
今回の「江戸天下祭」では、千代田区内で保存されている山車だけではなく、様々な事情から地方などに流れた山車たちが゛里帰り゛します。東京都青梅市と静岡県大須賀町、千葉県鴨川市、埼玉県川越市と熊谷市から山車が参加しました。
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会場内では、江戸時代の伝統文化の紹介を中心に、「人・モノ・情報」の中心であった江戸の街並み、歯切れの良い江戸っ子達の心意気など、活気溢れる江戸の庶民文化を感じられる賑わいの空間を現代に甦らせます。中でも、「江戸大神楽の実演」と「根付職人の実演」には特に興味をそそられました。
江戸大神楽
ご存知曲芸です。「有難うございます」で一世を風靡した「お染ブラザース」をおもいだせばその芸がどういったものなのかが分かります。写真は「傘で升を回している」ところです。
根付
根付とは?
日本人は、着物を日常的に着ていた時代、お金を入れるための巾着やたばこ入れや水戸黄門でおなじみの印籠(いんろう)などを帯から提げて持ち歩きました。それらの提げ物(さげもの)は落ちないように紐で留め具に結び付けて着用したのですが、その留め具を根付(ねつけ)といいます。
大阪の知り合いから、自分の高校の後輩にあたる、「桂米左師匠」の会があるのでよかったら・・・・ということで切符を頂いた。「江戸天下祭」の見物をしたあと、東京駅経由、徒歩で日本橋まで足を伸ばした。
東京駅⇒呉服橋⇒日本橋⇒日本橋三越前を神田方面へ。りそな銀行前を右折すると「お江戸 日本橋亭」である。開場15分前というのに寄席の前は数人のファンがすでに・・・・。以下当日に頂戴した「米左師匠」発行のプリントを紹介します。
左 (The) 落語
本日は連休のさなかいろいろと御予定のあるなか、ようこそ「第六回 桂 米左の会」にお越し頂きまして有難うございます。
早いものでこの会も六回目を迎えさして頂くことができました。会を始めると決めた時「あまり名前が通ってない東京で大丈夫やろか」「友達がたくさん東京に居るわけでもないのに大丈夫やろか」「そもそもお客さん来てくれはるやろか」等々、心配で心配で仕方なかったのですが、いざ一回目の幕を開けると予想に反して大勢のお客さんにお越し頂き大阪へ帰る車中、美味しいお酒を頂いたのを昨日のように覚えております。それから回を重ね六回目でごさいます。これもひとえに、こんな名も無い大阪の噺家の会にお越し頂き、応援をして下さるお客様方のお陰と感謝致しております。
さて本日は「崇徳院」「たこ芝居」の二席で皆様方のご機嫌をお伺い致します。
「崇徳院」はこちらの噺家の方もよく演られますが、もともとは上方落語でございます。
東京と大阪とで同じ演題の落語がございますが、その場合ほとんどは大阪が元です。思いつくまま挙げていきますと「三枚起請」「百年目」「らくだ」「愛宕山」「へっつい幽霊」等々。また、演題だけ違う場合がありますが、こちらもほとんどが大阪が元です。これも挙げてみますと「茶金」が「はてなの茶碗」「たらちね」が「延陽伯」「大どこの犬」が「鴻池の犬」「宿屋の富」が「高津の富」等々(前者が東
京の演題、後者が大阪)。数え上げれぱいくらでも出てきます。
ただ、今となればどちらが良いとかどうとかでなく、両方とも名人上手達が心血を注ぎ工夫に工夫を重ね素晴らしい作品に仕上がっております。
先人達の努力のお陰で今日商売をさしてもらっております。これまた感謝を致しております。それよりも私も噺の中に後世に残るような工夫をしなければ…。
もう一席は「たこ芝居」でございます。これは大阪の代表的な芝居噺でして私もよく演らしてもらうのですが、一つだけ欠点がございまして、それは何かと申しますと下座に手が掛かるという事です。三味線はもちろんのこと太鼓、ツケ打ち、笛等々。また太鼓が打てるなら誰でもいいと言う訳ではございません。太鼓が達者でなおかつ芝居心がないことには演者に大変迷惑をかけることになるのです。
そこへきますと本日助演を願っております笑福亭生そこへきますと本日助演を願っております笑福亭生喬さんと桂吉坊さんはこの条件を軽くクリアされておりまして私も大安心でございます。
本日はお忙しい中お越し頂きまして本当に有難うございました。どうぞ最後迄
ごゆっくりお付合い下さい。
本日の番組
「 」桂 吉坊
「 」笑福亭 生喬
「崇徳院」桂 米左
中入り
「たこ芝居」桂 米左
三味線 大川貴子
※生喬・吉坊両師の演目は本日のお楽しみとさせて頂きます。
平成拾五年霜月廿三日・桂 米左 発行
ご意見、ご感想、叱咤激励罵詈雑言は
大阪市北区菅栄町十−十九
桂 米左
TEL・FAX(06)6356-7252まで
※来年は11月14日(日)午後1時半より演らして頂きます。第七回もどうぞ宜しくお願いいたします。
上方落語に興味のある方は下記のページへ
上方落語メモ
米朝事務所
【蛇足であります!】
崇徳院
高津さんにお参りに行った若旦那が、境内で見かけた良家のお嬢さんに一目で恋をしてしまいます。恋病に伏せる若旦那をお見舞いに来た手伝いの熊さん、「どうかせがれを助けて」という親旦さんに頼まれて、大阪中を探して歩きます。手がかりは百人一首崇徳院さんの上の句「瀬をはやみ、岩にせかるる滝川の」
たこ芝居
旦那さんから、女子衆(おなごし)、番頭、丁稚(でっち)にいたるまで落語好きの家に魚屋さんが持ってきた蛸まで、芝居を始めるという。オチ直前の「黒豆三粒持ってきてくれ!」はタコが原因の食中毒には黒豆を三粒飲む、という民間医療の伝承が無い若者には、ほとんど理解不能かもしれません。
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