隅田川沿いにある梅若児童公園に榎本武揚の像がある。榎本が晩年、近くに住居を構え、よくこの付近を散歩していたので、立てられたものである。木に囲まれた像は、道路沿いに立っているのにもかかわらず見つけるのに一苦労するが是非尋ねたい場所である。天保7年に江戸で生まれた榎本武揚は、14歳で昌平坂学問所に入所。18歳で函館奉行・堀織部正に従い蝦夷と樺太をめぐる。 長崎伝習所で勝海舟の教えを受けると、築地の海軍操練所教授方出役となる。オランダ留学ののち海軍副総裁に就くが、戊辰戦争が勃発すると、主戦派の一人として新政府軍に対して徹底抗戦を主張。江戸城開城後に軍艦8隻を率いて品川沖を脱出し、奥羽列藩同盟軍を支援する。 会津藩が新政府軍に敗れると函館、五稜郭に入り蝦夷共和国を樹立して初代総裁となるが、わずか半年で新政府軍に敗れ投獄される。 明治5年に赦免されたのちは、北海道開拓事業に関わり、明治7年には海軍中将兼特命全権公使となる。対ロシア交渉の代表として千島樺太交換条約に調印するなど新政府で活躍し、明治18年には初代伊藤博文内閣の逓信大臣となる。以後は、農商務、文部、外務大臣を歴任し、明治30年に政界を引退した。 |
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