隅田川神社

その名も水神

JINJYA02 墨田区は旧向島、本所両区が統合されて昭和22年に成立した。名前の由来は、当然隅田川である。隅田は、古くは「墨田」「角田」とも書いた。今も墨東、墨堤などの「墨」が隅田川を意味することはよく知られている。隅田川は、いわば墨田区の原点である。

この隅田川をずばり名とする神社がある。白髭橋(しらひげばし)北部の墨堤通り西側には、東京都の防災拠点の高層住宅が建ち並んでいる。神社は、その団地の奥の隅田川べりに鎮座している。古くから「水神」と呼ばれ親しまれている神社で、治承4年(1180)、平家追討の旗を揚げた源頼朝が、ここで大亀に乗った水神を目撃、その霊験に感じて建立したといわれる。だから、本殿前にはコマイヌのかわりに亀の石像が置かれている。

昔、このあたりは隅田川に突き出ていて「浮島」といわれた。また樹木がいっぱい茂っていて「水神の森」とも呼ばれた。「言問岡(ことといのおか)」の別称もあった。

「なほゆきゆきて、武蔵国(むさしのくに)としもつふさの国とのなかに、いとおほきなる河あり。夫(それ)をすみだ河といふ。(中略)然(さ)る時(おり)しも、白き鳥の嘴(はし)と足と赤き、鴫(しぎ)のおほきさなる、水のうへにあそびつゝ、いををくふ。京(みやこ)には見えぬ鳥なれば、みな人見しらず。

渡守に問ひければ、これなんみやこどりといふをきゝて、

名にしおはゞいざこととはむ都鳥 我が思ふ人はありやなしやと

とよめりければ舟こぞりてなきにけり」

『伊勢物語』にこうある「名にしおはゞ」の歌を、在原業平はここに立って詠んだという言い伝えから名付けられた地名である。いずれにしろ、隅田川東岸でもとりわけ由緒ある地で、すぐ近くの梅若塚の木母寺と共に古くから墨堤の名所だった。

昔は参拝に舟が多く使われた。今は堤防にさえぎられて川面を見通すことはできないが、隅田川に面して鳥居が建っているのはそのためで、隅田川総鎮守の名にふさわしい風格ある神社である。

「江戸東京物語」下町編(新潮社編)より

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