TITLE

【3/27・ 2004】

 熊谷桜堤 (くまがやさくらつつみ)

熊谷は江戸時代から桜の名所として広く知られているところです。昨年12月より、縁あって行田で仕事をしている関係で、今年の「お花見」は熊谷の荒川堤(通称・桜堤)へ出かけました。

当日は3〜4分咲きでチョッと早かったようです。しかし、「桜まつり」ということで大変な人出、「演芸大会」「カラオケ大会」「将棋大会」など大変な賑わいでした。

KUMAGAYA-TIZU JR高崎線 「熊谷駅」より徒歩約5分。

「市立図書館」「市民体育館」の脇を抜けると、目の前に「荒川土手」が目に入ります。

そこから180°土手沿いに左右が「桜並木」です。荒川新堤沿い約2kmのわたって、約500本の「ソメイヨシノ」がその美しさを競います。


KUMAGAYA-01 KUMAGAYA-02 KUMAGAYA-03
「熊谷桜堤」の石碑が土手
に上る階段の左にありました
土手に向かって左の側道は
車の迂回路
右の側道は約500bに渡って
屋台が軒を並べています

SAKURANAMIKI-01
SAKURANAMIKI-02
SAKURANAMIKI-03
この「熊谷桜堤」の歴史はというと、約400年前に鉢形城主北条氏那が、荒川の氾濫に備えて築いたのが始まりと言われています。中山道の宿場町当時には、熊谷の花見として江戸まで聞こえた熊谷桜堤でしたが、明治時代に入り、桜は枯れてしまいました。 明治16年、竹井澹如(たんじょ)、高木弥太郎らが、熊谷桜の再現を考えて東京から450本の桜を購入し、夜を徹して堤に植えました。 この年が、上野〜熊谷間の鉄道開通の年で、当時の日本鉄道(株)は、桜の木の運搬を無料で行ってくれたそうです。 その後、大正14年の熊谷の大火以来衰えを見せ始めましたが、市制20周年記念事業として、昭和27年から荒川沿岸の新熊谷堤に植樹をし、現在の見事な熊谷桜堤に引き継がれています。 ⇒More


土手下の桜並木沿いには、たくさんの屋台が軒を連ねます。「焼きそば」「いか焼き」「とうもろこし」その他諸々、まさに縁日です。


土手に沿って咲く桜はまだ3〜4分咲きでも、「桜は口実」、土手を歩きながら観るもよし、静かに土手に座って観るもよし、酒席を張って観るもよしである。


乗り換えの汽車を待つとて 出でて見つ 熊谷土手のつぼみ桜を

と過日若山牧水が詠んだ「さくら」は、今年も浮世の喧騒を忘れさせて、ひとときの安息を与えてくれるものです。


桜の下の「花の舞台」で自慢のカラオケを披露するのも一興、それを聞くもまた一興。

自慢の踊りを披露するのも一興、それを観るのもまた一興。

YOKYO-01 YOKYO-04
YOKYO-02YOKYO-03

桜の下での「将棋」、これも趣きあり。


さくら〜独唱〜

作詞者名 森山直太朗

SAKURA-01
僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を
さくら並木の道の上で 手を振り叫ぶよ
どんなに苦しい時も 君は笑っているから
挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ

霞みゆく景色の中に あの日の唄が聴こえる

SAKURA-02
さくら さくら 今、咲き誇る
刹那に散りゆく運命と知って
さらば友よ 旅立ちの刻
  変わらないその想いを 今

今なら言えるだろうか 偽りのない言葉
輝ける君の未来を願う 本当の言葉

移りゆく街はまるで 僕らを急かすように

SAKURA-03
さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる瞬間を信じ
泣くな友よ 今惜別の時
  飾らないあの笑顔で さあ

SAKURA-04 さくら さくら いざ舞い上がれ
永遠にさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう

さくら舞い散る道の上で


GAME
近くの公園では昔懐かしい「スマートボール」



熊谷駅はJRと秩父鉄道 が乗り入れています

EKI



「ぶらり旅」へもどる
SEO [PR]  ローン比較 再就職支援 バレンタイン 無料レンタルサーバー SEO